国際組織法と国際機構法

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 国際機構それ自体に関する法規範、たとえば機構内部の組織構造、意思決定手続、機構内の機関間または機構間の権限関係などに関わる法領域である「国際組織法」(International Institutional Law またはInstitutional Law of International Organizations )と、平和と安全の維持および開発援助・貧困・経済・人権保護・環境保護等のグローバル・イシューなどの国際機構の対外的「活動」に関する法領域である「国際作用法(International Operative Law)」を含む国際機構法(Law of International Organizations) 」は、異なる法領域ですが、国際法学の中ですらほとんど区別されずに一般的には混同して用いられています。

 たとえば国際法学会が編纂した『国際関係法辞典』には、「国際機構法」も「国際組織法」も項目としては存在せず、他の何らかの項目の下で国際機構法や国際組織法についての解説がなされている箇所もありません。そのような状況を多少なりとも改善すべく、国際機構法と国際組織法のそれぞれの法の意味を明らかにして、それらが異なる法体系であることと、それぞれの法に含まれる法分野を明確にしていきましょう。たとえば、日本における『国際機構法』と題する文献はもちろんのこと、『国際組織法』との表題を有する文献も実際には国際作用法または国際機構法に関する内容のものがほとんどです。そこで、日本語文献ではほとんど扱われていない「国際組織法」の法体系の概要を試みに提供したいと思います。また、国際機構法や国際組織法といった法体系が存在しているという事実は、法の支配の下に活動する国際連合(国連)を中心とする国際機構が、 今日の国際社会で重要な役割を果たしていることを立証していますので、そのことについても少しずつ検討していきます。

 ※なお、この「国際組織法と国際機構法」という項目は、渡部茂己「『国際機構法 (Law of International Organizations)』と『国際組織法 (International Institutional Law)』 ――国際社会における法の支配と国際機構内部における法の支配を峻別する意義」『国連研究』第14号(特集:「法の支配」と国際機構ーその過去・現在・未来ー)、日本国際連合学会(2013年)に基づいて、分かりやすく、一部を新しく書き直したものです。引用文献等については、当該学会誌を見てください。

法の支配と「国際機構法」・「国際組織法」

 「法の支配(rule of law)」の概念については、ここではとりあえず、以下のように認識します。すなわち、19世紀末のアルバート・ヴェン・ダイシー(Albert Venn Dicey)、さらには13世紀のヘンリー・ブラクトン(Henry de Bracton)に遡るイギリス法学会で熟成された概念であり、「法治主義(形式的法治主義)」(rule by law)に対比される概念であって、一般的に言えば、「統治される者だけでなく統治する者も、法に従うべきであるとする原理」 のことです。この「法の支配」における「法」とは、「議会が制定した『法律』を超えた、自然法的な響きが込められている」ものであり、したがって「権力の座にある者が権力を濫用することを、強く戒める政治の指導原理ともなっている」 ことが重要です。

 したがって国際社会では、いわゆる最高・絶対の権限たる「主権」を有する国家であっても法の下にあるべきとする理念-突き詰めれば国際法の存在意義そのもの-に行き着くことになります 。法の支配が「法律」を超えた自然法的な響きを持つということも、 国際法との関わりの深さを意味しています。 通説では、伝統的に国際法は国家のみが立法権者であり、とりわけ一般に国際法の主要な「形式的法源」 の一つとされる条約は、同意がない国家には拘束力が及ばないとされています。その原則が修正されたわけではないですが、今日では、経済・人権・環境の分野をはじめとして様々な条約が国連を中心とする国際機構のなかで起草され、各国の履行状況についてのレビューや勧告、 ときには強制が国際機構によってなされ、また、 国際司法裁判所(ICJ)、国際刑事裁判所(ICC)、国際海洋法裁判所(ITLOS)など多くの司法裁判所が設置されています。国際法は、国連をはじめとする諸国際機構の出現と多元的活動によって、法としての本来の役割を果たすためのある種のガバナンス・ツールを獲得したと言えます。国際社会における法の支配が「顕在化」され得る状況にようやく到達したのです 。

 上で述べたことは国際社会における法の支配と国際機構との関係として言い換えれば、国際機構がその外部とも言うべき国際社会に対して機能を果たすことで、国家のパワーに左右されずに国際社会で法の支配が確立されることに繋がるという意味で、体系化されたものは「国際機構法」ないし国際機構法の本質的分野である「国際作用法」と呼称されます。他方、国際機構自体も大国等の恣意的支配の下にではなく、法の支配によって運営・統治されなければなりませんが、 それに関する法領域を体系化したものは「国際組織法」と呼ばれるべきであることを筆者は主張しています
 国際機構法すなわち国際機構に関わる法規範を分析する際には、国内社会の行政機能に関する法領域が参考となるでしょう。国内法上の行政法で用いられる法領域の類型は、行政の主体、組織、または法制度の枠組み「それ自体」に関する法である「組織法」と、行政機関が社会でどのような活動をなし得るかに関する法すなわち行政主体の個々の「行為」を規律する法、視点を変えれば行政主体と私人間の法とも言える「作用法」の2つに大きく分けられています。
 それを国際社会に拡張し、国際機構をめぐる法領域に当てはめることで、国際社会における国際法主体の一つである国際機構 の法的地位および国際機構自体を規律する法である「国際組織法」と、国際機構が国際社会でいかなる活動をなしうる権限を有しているのか、言い換えれば国際機構と国家の関係に関する法とも言える「国際作用法」の2つに大別することができます。この場合の国家とは、国際機構の構成要素である加盟国としての国家ではなく、国際機構の外部にあって、法的に国際機構と対等の立場にある国際法主体としての国家を意味しています他方、当該国際機構の加盟国としての国家との関係は国際組織法の基本的な問題となります。
 国際組織法は、 国際機構それ自体についての法規範であり、 外部に対する活動に関する法ではないという意味で、国際機構の「内部関係の法」という意味での「内部法」という言い方もできます。 すなわち本稿で言う内部法は、国際機構内部のみで一定の効力を有する、 国際法規範とは別の特別の法規範の意味ではなく、あくまで国際法の一領域として国際機構の内部関係に関する法領域を言いいます。ただし国際法の法源自体について、通説より広く解することになる可能性もありますが、それは今後の研究課題のひとつと考えています。横田洋三先生の研究における「国際機構が内部の議決機関の決議を通して制定する」 という制定手続・定立方法としての「内部法」とは、 視点が多少異なりますが、横田先生は、「ここでいう内部法は、国際機構によって一方的に定立される法のうち、組織、制度に関するもの、すなわち組織法に関するもののみを包摂する」と述べていますので、 筆者の内部法の概念と共通する部分があり、ここは重要な論点として今後さらに検討を加えていきます。
 ところで、 現存する国際機構に関する法体系の研究書では、組織法のみを体系的に分析する「国際組織法」は日本語の文献以外には複数存在するものの、作用法の領域のみを意識して取り上げるものは世界的にもほとんど例がありません。後で整理して紹介しますが、 通例は、「国際機構法」として、国際組織法と国際作用法の両者を含む法体系、すなわち「国際機構に関する法」全般を包括的に研究・教育しています。後で、主な体系書の構造を概観してみましょう。なお、日本において『国際組織法』と題する体系書や講義科目などの多くは、内容的には「国際機構法」であることをあらかじめ指摘しておきたいと思います。
 国際法学に限らず、 国際政治を中心としつつ、国際法、国際経済、国際社会学などの視点を含み、さらに地域研究、歴史研究等を含んだ広義での国際関係論の一部としての国際機構論、すなわち国際機構を総合的、包括的、学際的に認識しようとする学問体系においても、機能(論)と組織(論)に大きく二分されることがある。 たとえば、後述する『国際機構の機能と組織』 は、一般的「機能」と個別的「機能」および一般的「組織」と個別的「組織」に分けて国際機構論(国際機構学)の体系化をきわめて不十分ながら試みるものでした。なお、このようなとらえ方は、おおまかに言って「国際機構法」体系における作用法と組織法に対応するものです。

国際機構の法関係を体系化する上でinternational organizationsを国際機構と訳す必要性

 国際組織法と国際機構法のそれぞれの具体的内容を考えると、国際組織法の外延としては、法主体性、組織構造、意思決定手続、特権免除、財政等が中心的なものとなり、国際作用法の外延としては、紛争の平和的解決、国連平和維持活動(PKO)を含む安全保障、人権の国際的保護、自由で公正な経済活動の促進、途上国援助、地球環境保護など、グローバル・イシューを中心としつつ、事実上、国際社会のあらゆる諸問題についての法的枠組みとなります。

 そのように考えると、国際機構が発達し、国連を中心として国際社会のほとんどすべてのイシューに国際機構が何らかの関わりを持っている今日では、国際作用法としてではなく、個別領域ごとの体系化がなされているのが現状です。つまり「国際機構法」の一領域としての国際作用法という独立した法体系を構築しているというよりは、それらは「国際法」の各法領域としての国際人権法、国際環境法、国際経済法などに溶け込んでいる状態です。したがって、今、必要なのは、「国際機構法」と「国際組織法」の概念を明確に区別して、国連などの国際機構で形成された民主的で公正な法的枠組みによって国際社会が運営されることと、それを担保するための国際機構内部での法の支配をめざすことです。将来は、それぞれ各法体系に含まれる法領域の内容も整理していきます。


 日本で国際機構法と国際組織法の両概念が混乱している背景には、前提となる「国際機構=international organizations」自体を日本語でどのように表記するかについて一致していない、すなわち同一の概念に対して異なる複数の呼称があるという大きな問題があることは改めて指摘するまでもないでしょう。同一の概念に対して、周知のように、国際機構、国際組織、国際機関、の3種の表記がいずれも広く用いられています
 本稿では混乱を避けるため、international organizationsを、後述の理由で「国際機構」との訳語に統一して考えていきます。引用文献中で国際組織や国際機関を用いている場合には初出の際にそのことに言及しつつも、論理的に考察を進めるために、僣越ながら、国際組織や国際機関とされている表記を「国際機構」に置き換えることとしたい。そうしないと、「国際組織法」と「国際機構法」の異同を論理的に論ずることができないからです。さらに、国際機構法の体系書等以外の国際機構の法に関する論文集や国際機構論の著書等は、ほとんどすべて「国際組織」ではなく「国際機構」を用いていることにも留意されたい 。

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